2013年01月08日

おとしとり

「年取り」を調べると、
1 年齢が加わること。加年。加齢。
2 新年を迎えること。また、大晦日(おおみそか)または節分の夜に年を取ることを祝って行う儀式。
とあります。

昨日は私の何回目かの誕生日でした。
何回目かは、もはやよく覚えていません。
たとえ覚えていたとしても、覚えてないことにしました。
年齢なんてそんな扱いでいいっすよね。

SNSやら直メールやらで、たくさんのかたからお祝いのメッセージをいただき、感謝感激です。
加齢は嬉しくないけど、「おめでとう」って言っていただけるのは素直に嬉しいものですね。
みなさん、ありがとうございました。

で、そんな誕生日をどう過ごしていたかといいますと…
ジミ〜〜に仕事してました。
本当はあきおと恒例の食事会に行く予定だったんですが、締切りがあって泣く泣く断念。
せっかく断念したのに仕事が捗ったわけでもなく。
なんだかな〜な一日になりそうだったのですが…
がががっ。
なんと、可哀想な私にあきおが素敵なプレゼントを!
シャー猫のチュニックセーターとモンブラン!!
わーいわーい!

ってなわけで、けっこう幸せなおとしとりでございました。

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2013年01月05日

ひえ〜

いきなりもう徹夜やってます〜。
まだ先は見えない…どうなる、私。

今年は「早寝早起き、健康的な生活」「少しでも老化を遅らせる!」を目指してるはずなのに。
早くも前途多難な気配が漂っております。
ついでに、仕事中のながら食いの悪習も直らずで…(泣)
うが〜〜〜


…なんて自己嫌悪してる時間はないぞ。
早く仕事やらなくちゃ。ちゃ。


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2013年01月04日

三日目

今日は友人夫妻が突然のアポ無し訪問。
いや〜、慌てました(笑)
くつろいだ(=だらしない)格好から、ものの10秒怒濤の着替えでお出迎え。
ハァハァ。
いくらお正月だからって、家の中でももうちょっとちゃんとした服装でいようよ,自分…

ウチの近所に住んでるお友達のところに行く前に寄ってくれたとのことで、一時間ほどおしゃべり。
びっくりはしたけど、だらけた正月気分にはいい刺激になって、楽しくて嬉しいお客様でした。
日南土産のポンカンをいただきました。
わーい!

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2013年01月02日

二日目

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二日目の朝もお雑煮でした。
いつもは玄米かアワやヒエのお餅なんですが、今年はたまたま白餅をチョイス。
なめらかで面白いくらいによく伸びて、おいしいお餅ではあるんですが、なんかちょっと物足りない。
やっぱり玄米や雑穀のツブツブ感、甘さや香ばしさが私は好きです。
来年のお正月にはおいしい雑穀のお餅が食べたいなー。
(って、もう来年の話かよ)

仕事始めてます。
今月は諸々やばいです。
頑張ります。

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2013年01月01日

謹賀新年2013

あけましておめでとうございます。
一年ぶりのブログです(笑)
パスワードを忘れてしまい、ログインできぬまま幾星霜。
やっとログインできました。
ご心配いただきありがとうございました。
復活いたしました!

おめでとうございます、とは言っても、このお正月もあまりおめでたい気分にはなっていません。
未だ被災地の復興は進まず、原発事故もまだまっただ中。
そんな中、原発を作り続け、今回の大惨事を引き起こした張本人の自民党が勝ち、原子力マフィアたちがまた意気揚々とし始めている。
それは、憲法を変え、基本的人権を蔑ろにして、戦争への道を開こうとしている奴らと重なっている。
この国の人たちは、なにを求めているんだろう。
なにを願い、どこへ行きたがっているんだろう。
私にはさっぱりわからないです。
2013年が平和で幸せな一年でありますように。
ただただ祈るばかりの新年の始まりです。


出し損ねた年賀状を投函しに行くついでに、もうすぐ取り壊される古い団地を見てきました。
今では珍しい二階建ての団地です。
ついこの前まで,庭に花木を植え、玄関前にテーブルを出してご近所や道行く人たちとお茶を楽しんだりする住人の方たちの姿が見られたんですが、団地の建て替えが始まってからあっという間に無人となり、廃墟となってしまいました。
味わいと温かみがあって、とっても好きな風景だったのですが。
残念です。


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2012年01月04日

はつはる

年末年始、鼻をかみすぎて、鼻の下ガビガビです。
あけましておめでとうございます。

大変な年が明けて、新しい年になりました。
でも、なにも変わってないし、やっぱりちっともめでたくない。
私は決して悲観主義者ではない(根っからノーテンキ)ですが、今の状況には悲観せざるを得ません。
年賀状には「今年はいい年になりますように」と書きましたが、このままではいい年になりようがないです。

若かりし頃、テレビや新聞の中にいる、怪しげで強欲そうで危険な発言を繰り返す年寄りたちを見る度に思ったものです。
「将来、このじーさんたちがこの世からいなくなったら、日本はよくなるだろう」
じーさんたちのほとんどは視界から消えました。
でも、結局なにも変わってない。
私よりもずっと年下の人間が、あの頃のじーさんたちと同じことを、テレビの向こうで、パソコンの中で、嬉嬉としてしゃべっています。

やっぱり若かりし頃。
反原発の運動をしていた人たちは、どんどん原発が増えていく現実の無力感の中でつぶやきました。
「この国の人間は、もしものことでも起こらない限り、真剣には考えないんだろう」
今回、もしものことが起こりました。
なのに、今も見て見ぬふりをしてる人たちが大勢いる。
この期に及んで、原発推進や現状維持を望む人の方がまだ多数派らしいです。

なにかを待っていても、決してこの国はよくはならない。
そういう国、つまりは国民なんだ、と。
この国はいつまでも成熟しないまま、子どものまま、いきなり老人になっちまってるんじゃないか?
去年はそんなことを感じた一年でした。


でも、それでも。
まだ世間からみたらごく少数派なんでしょうが、多くの人たちが動き始めています。
あちこちで行われている脱原発デモやパレード、抗議行動、署名活動、経産省前のテント、原発を決める東京都民・大阪市民投票、などなど。
原発問題以外でも、ネットや街頭を中心に、活動が拡がっています。
マスコミにはほとんど取り上げられていないけれど、少しずつ、確実に。
小さな動きが波になって、いずれ大きなうねりになったら、きっと何かが変わる。
その昔の学生運動なんかとは違う、普通の人たちの、ただ安心して日常を生きたい、という、ごくありきたりの願いから始まった動きだからこそ。


今、原発や放射能問題に心を痛めてない人は、情報を知らない人か、もう諦めちゃった人でしょう。
「諦める」それもひとつの選択だとは思います。

でもさ、大人はいいよ。
自分たちが選んだ政治家が推進してきた原発だし、反対してたって今まで止められなかったわけだし、もうここまで大人になったんだからさ。
でも、子ども達が可哀想だろう。
大人が諦めたら、子どもも諦めるしかなくなっちゃうんだよ。
子どもの未来を奪う権利なんて、たとえ親にだってないはずだって。
それとも、この国に…この親の元に生まれてきたのもお前の運命だって言うの?
だから甘んじて被曝しろ、と?
冗談じゃない!

子どもを守ろうと、一生懸命闘ってるお父さんお母さん達がたくさんいます。
でも、未だ無関心な親もたくさんいる。
無関心どころか、必死に闘ってる人たちの邪魔をする親もたくさんいる。
それってなんなんだろう?
やっかみ?


放っておいたら、決してこの国はよくならない。
でも、少しずつ変えることはできる。
それが今の、今年の、ささやかだけれど絶対的な希望です。


みんなで、せめて少しでも。
いい年にしましょう。

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2011年09月24日

asahi.comでご紹介いただきました

空の高さと空気の匂い。
すっかり秋ですね。
毎年秋になると、
「カチリ
 石英の音
 秋」
を思い出します。

asahi.comで、うちの「不妊治療、やめました」が紹介されてました。

http://www.asahi.com/showbiz/column/manga_henai/TKY201109220395.html
(そのうち記事がなくなってしまうと思いますが、その時はすみません)

ここにきて、なぜかアマゾンの在庫数が急に減ったので不思議に思っていたら、ご紹介いただいたみたいで。
びっくりと同時に嬉しいです。
松尾慈子さま、ご担当者のかた、どうもありがとうございます!

この記事に、あきらめることは難しい、とあります。
そう、難しいですよね。
子供を持つことのみならず、どんなことでも「諦める」のは難しいです。
えてしてそれは自己否定になりがちなことだから。

こんなに頑張ってきたのに。
こんなに望んでるのに。
手に入らない。
うまくいかない。
手放さなくてはならない。

友人のお祖父様は、
「諦めることは、自分を見つめなおして、より良い明日に希望を持つ事だ」
とおっしゃったと聞きました。

私は、諦めることは、否定ではなく、受け入れることなんだと思います。
それは自己愛とか自己受容とかいうのとは違う気がします。
運命論でもない。
オーケーオーケー、今までよく頑張ってきたよ。
だから、もういいじゃん。
もう次へいこうよ、って。
新しい明日のために、方向転換する。
もしくは次の部屋のドアを開ける。
今までのことは、そのきっかけ、もしくは予行演習だったんだと。
受け入れて、次に進む。
諦めなくしては、新しくなれない。
そんな心の儀式なんじゃないかなって。


それにしても。
asahi.comの記事で、絵も紹介していただいてるんですが…
なにもよりによって誤植の部分を抜粋しなくてもいいのに〜〜(泣)
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2011年08月20日

バテバテ〜

夏バテなのか。
はたまた原発バテなのか。
バテております。
へたばっております。
へこたれております。
…もしかしたらボケているのかもしれないけど。
いずれにしても、仕事がぜんぜん捗りません。
あああ。

食欲はあります。
そんなものだけはしっかりあります。
悲しいです。
おおお。
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2011年07月23日

またまた不妊治療について

ここ数日、涼しいを通り越して、寒いくらいでした。
昨日なんて、あまりに寒くて夜はお鍋にしようかと思ったくらい。
なんとか思いとどまりましたが…
ハクサイとネギとキノコがあったら間違いなくお鍋になってたはず。
幸か不幸か、夏野菜しか冷蔵庫に入っていなかったんですね。
やれやれ。

またまた不妊治療の話です。
今回、治療の思い出話の漫画を描いたことで、忘れていたいろんな痛みを思い出しました。
治療も検査もとにかく痛かったけど(個人差があって痛くない人は痛くないそうです、念のため)、一番痛かったのはやはり心の痛みだったような気がします。
人から心ない言葉をかけられて傷つく痛みと、自分自身で傷つけてしまう痛み。

同じ子どもがいない人生でも、作らないっていうのと、できないっていうのは大きく違うんですよね。
子どもを産むことができない女の存在価値ってなんだろう? とか、そんなことまで考えてしまう。
子どもがいない人生云々より、まず、作ることができない自分に傷つくんです。
もう理屈じゃなく。
子どものいない人生だってあることはわかっている。
子どもがいることが幸せ、いないことは不幸せだなんてもちろん思ってない。
でも。
でも。
それが本能だ、なんて乱暴なことは言わないけれど、命を繋げたいって自然に願うのは不思議なことではないと思うんです。


今回本を出して、いろいろ感想をいただき、また久しぶりに心に痛みを覚えました。
「こんな大変な思いしてまで子どもが欲しかったんだね」
「私だったらこんなツライ治療してまで欲しくないな」
「何でそこまで自分の子どもにこだわるの? 養子じゃだめなの?」
そんな言葉に。

悪気があって言ってるんじゃないことはわかってるんです。
経験のない人たちの、素直な感想なんだと思います。
だからこそ、寂しいな、と。

できない自分に傷ついて。
子どもがいないことを人からいろいろ言われて傷ついて。
必死で治療してることを揶揄されて傷ついて。
…当事者以外にはなかなか理解できないものなんだろうと思いつつ、その溝は大きいと思ってしまいました。

不妊だけじゃなく、たくさんの人たちが、あちこちで、いろんな問題で、コッソリ(でも深く)傷ついているんでしょう。
私もおそらく別のどこかでは、気がつかないうちに不用意な言葉で人を傷つけているんだと思います。
だからこそ、もっと話さなくては、と思うんです。
人の気持ちに寄り添うには、知ること、そして想像することから始めるしかないんでしょうから。




ちなみに、養子はそう簡単にはもらえません。
審査がとても厳しくて、親の年齢や仕事の内容、収入、持ち家かどうか、生活形態、等々いろんなチェックがあって、漫画家風情なんかではどう頑張っても無理なんです。
それも変ですよね。
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posted by かよ at 02:55| Comment(11) | TrackBack(0) | 日記

2011年07月14日

「不妊治療、やめました」のその後

拙著『不妊治療、やめました』が出てひと月半。
内容のせいか、今までの他の作品よりも、メールや手紙、掲示板などで感想や体験談をお寄せくださるかたが多いです。
本当にありがたいです。
そして改めて、ああ、私だけじゃないんだよね、としみじみ。
驚いたのは、あの漫画はもうずいぶん前のことを描いたものなので、さすがに今はもう少し状況はよくなっているだろう、昔はこんなだったんですか?と同情されるんだろう、と思っていたのに、なんと今もあまり様子は変わってはいないみたいで…。
まだまだみなさん辛い思いされてるんですね…。

不妊治療をやめてしまった人、今治療の真っ最中の人、続けようかどうしようか迷ってる人、最初から治療するつもりのなかった人、これから子どもを作ろうと思っている人、子どもはいらない人、何の問題もなく子どもを授かった人、大変な不妊治療の末に子どもを授かった人、男性のかた、医療側の人、いろんな立場の方に読んでいただきました。
本当にありがとうございます。

それぞれ、置かれてる立場や状況、家族や仕事や自身の状態、いろんな条件で、思いも選択も変わってくるはず。
何が正しくて何が間違ってるなんてないんですよね。
答はそれぞれの中にあり、みんながみんな自分の人生を大切に抱えていければ、それが正解なんだと思います。


不妊専門クリニックの老舗、某有名医院の院長さんからもお手紙をいただきました。
「治療を通じて、痛みを理解しない医者や患者の気持ちを考えない医者からの暴言などに辛い思いをされたことに、同じ医師として謝りたい」といった内容でした。
率直に、とても嬉しい手紙でした。
あの頃、言いたくても医師達に向かって何も言えなかったけれど、今になってやっと言うことができきたという安堵感。
そして、今も言えずにいる人たちの代弁者になれたのだとしたら。
遅すぎたってことはないでしょう。

こんなお医者様にあの頃巡りあえていたら、どれだけ救われたことだろう、と…。
結局やっぱり子どもはできなかったかもしれない。
でも、もっと治療に前向きに、冷静に、向き合えていたような気がします。
子どもを産める性でありながら、産むことができない。
その気持ちを医師の方たちが理解しようとしてくれるだけで(理解できなくても)、患者は救われるものなんです。

ただですね…
「まだ諦めないでほしい」とも書いてありまして、ええええっ。
すみません、本当にありがたいんですが、いくらなんでももう有り得ない年齢でして。
今から妊娠出産したら、世界ビックリ人間の域に入ってしまうかと…

ん〜、それはそれで楽しい人生か?(いやいやいや)
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posted by かよ at 22:26| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記
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