2011年07月23日

またまた不妊治療について

ここ数日、涼しいを通り越して、寒いくらいでした。
昨日なんて、あまりに寒くて夜はお鍋にしようかと思ったくらい。
なんとか思いとどまりましたが…
ハクサイとネギとキノコがあったら間違いなくお鍋になってたはず。
幸か不幸か、夏野菜しか冷蔵庫に入っていなかったんですね。
やれやれ。

またまた不妊治療の話です。
今回、治療の思い出話の漫画を描いたことで、忘れていたいろんな痛みを思い出しました。
治療も検査もとにかく痛かったけど(個人差があって痛くない人は痛くないそうです、念のため)、一番痛かったのはやはり心の痛みだったような気がします。
人から心ない言葉をかけられて傷つく痛みと、自分自身で傷つけてしまう痛み。

同じ子どもがいない人生でも、作らないっていうのと、できないっていうのは大きく違うんですよね。
子どもを産むことができない女の存在価値ってなんだろう? とか、そんなことまで考えてしまう。
子どもがいない人生云々より、まず、作ることができない自分に傷つくんです。
もう理屈じゃなく。
子どものいない人生だってあることはわかっている。
子どもがいることが幸せ、いないことは不幸せだなんてもちろん思ってない。
でも。
でも。
それが本能だ、なんて乱暴なことは言わないけれど、命を繋げたいって自然に願うのは不思議なことではないと思うんです。


今回本を出して、いろいろ感想をいただき、また久しぶりに心に痛みを覚えました。
「こんな大変な思いしてまで子どもが欲しかったんだね」
「私だったらこんなツライ治療してまで欲しくないな」
「何でそこまで自分の子どもにこだわるの? 養子じゃだめなの?」
そんな言葉に。

悪気があって言ってるんじゃないことはわかってるんです。
経験のない人たちの、素直な感想なんだと思います。
だからこそ、寂しいな、と。

できない自分に傷ついて。
子どもがいないことを人からいろいろ言われて傷ついて。
必死で治療してることを揶揄されて傷ついて。
…当事者以外にはなかなか理解できないものなんだろうと思いつつ、その溝は大きいと思ってしまいました。

不妊だけじゃなく、たくさんの人たちが、あちこちで、いろんな問題で、コッソリ(でも深く)傷ついているんでしょう。
私もおそらく別のどこかでは、気がつかないうちに不用意な言葉で人を傷つけているんだと思います。
だからこそ、もっと話さなくては、と思うんです。
人の気持ちに寄り添うには、知ること、そして想像することから始めるしかないんでしょうから。




ちなみに、養子はそう簡単にはもらえません。
審査がとても厳しくて、親の年齢や仕事の内容、収入、持ち家かどうか、生活形態、等々いろんなチェックがあって、漫画家風情なんかではどう頑張っても無理なんです。
それも変ですよね。
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posted by かよ at 02:55| Comment(11) | TrackBack(0) | 日記

2011年07月14日

「不妊治療、やめました」のその後

拙著『不妊治療、やめました』が出てひと月半。
内容のせいか、今までの他の作品よりも、メールや手紙、掲示板などで感想や体験談をお寄せくださるかたが多いです。
本当にありがたいです。
そして改めて、ああ、私だけじゃないんだよね、としみじみ。
驚いたのは、あの漫画はもうずいぶん前のことを描いたものなので、さすがに今はもう少し状況はよくなっているだろう、昔はこんなだったんですか?と同情されるんだろう、と思っていたのに、なんと今もあまり様子は変わってはいないみたいで…。
まだまだみなさん辛い思いされてるんですね…。

不妊治療をやめてしまった人、今治療の真っ最中の人、続けようかどうしようか迷ってる人、最初から治療するつもりのなかった人、これから子どもを作ろうと思っている人、子どもはいらない人、何の問題もなく子どもを授かった人、大変な不妊治療の末に子どもを授かった人、男性のかた、医療側の人、いろんな立場の方に読んでいただきました。
本当にありがとうございます。

それぞれ、置かれてる立場や状況、家族や仕事や自身の状態、いろんな条件で、思いも選択も変わってくるはず。
何が正しくて何が間違ってるなんてないんですよね。
答はそれぞれの中にあり、みんながみんな自分の人生を大切に抱えていければ、それが正解なんだと思います。


不妊専門クリニックの老舗、某有名医院の院長さんからもお手紙をいただきました。
「治療を通じて、痛みを理解しない医者や患者の気持ちを考えない医者からの暴言などに辛い思いをされたことに、同じ医師として謝りたい」といった内容でした。
率直に、とても嬉しい手紙でした。
あの頃、言いたくても医師達に向かって何も言えなかったけれど、今になってやっと言うことができきたという安堵感。
そして、今も言えずにいる人たちの代弁者になれたのだとしたら。
遅すぎたってことはないでしょう。

こんなお医者様にあの頃巡りあえていたら、どれだけ救われたことだろう、と…。
結局やっぱり子どもはできなかったかもしれない。
でも、もっと治療に前向きに、冷静に、向き合えていたような気がします。
子どもを産める性でありながら、産むことができない。
その気持ちを医師の方たちが理解しようとしてくれるだけで(理解できなくても)、患者は救われるものなんです。

ただですね…
「まだ諦めないでほしい」とも書いてありまして、ええええっ。
すみません、本当にありがたいんですが、いくらなんでももう有り得ない年齢でして。
今から妊娠出産したら、世界ビックリ人間の域に入ってしまうかと…

ん〜、それはそれで楽しい人生か?(いやいやいや)
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posted by かよ at 22:26| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記
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